花巻から西の方角には、温泉郷がいくつもある。志戸平、大沢、台、鉛等である。
特に賢治との関連で言えば、農学校教師時代、夜中にこれらの温泉のいくつかを生徒と一緒にハシゴしたエピ
ソードがあったと記憶している。 「台川」等、作品のなかにも取り扱いがある。
また、大沢温泉においては、幼少の頃から、父政次郎に連れられて、夏期仏教講習会に参加
暁烏 敏(あけがらす はや)ら、高僧の説話を聞いている。
賢治と宗教の結びつきは、これまでも多く述べられているが、幼年、少年、青年期と仏教関係のみならず、
キリスト教関係の人々も賢治の周りには多く存在した。
年譜等で、宗教関係の記述を見るだけでも、まるで「宗教学」の実践的英才教育を施されたように思わせる。
花巻、盛岡といった地域性にあるものか、それとも時代的にそういう風潮があったものか賢治の周辺だけ、
そういった環境が生まれたものか、筆者には見当もつかない。とにかく、こうした仏教における各宗派、
キリスト教におけるカトリックとプロテスタント、様々な宗教的享受を得て、賢治の「宗教」に対する精神的土台が
形成されたのではなかろうか。
筆者が「賢治」とは何かと聞かれれば、もちろん、詩人であり、作家であり、農村指導者であり農芸化学者、
他にもいくつか肩書きが思い浮かぶが、やはり「宗教思想家」もしくは「宗教哲学者」といったあたりが一番適当
ではないかと思うが、いかがだろうか。
もちろん、本人に聞けば、「私はデクノボーです」と言うに決まっているが…。
by Hiroyuki
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