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イーハトーブへ行こう その5

第4章:東山・賢治の最晩年、時の向こう側を追って


☆★探訪施設情報★☆

石と賢治のミュージアム 旧東北砕石工場・太陽と風の家
一関市東山町松川字滝ノ沢149-1(陸中松川駅前)


「グスコープドリのまち」と言われる岩手県一関市東山町

賢治が最晩年と呼ぶべき時代を過ごした場所と言うに相応しい東山の地。
ここには、「技師としての賢治」が色濃く残る「旧東北砕石工場」があり、
おそらく、最も「石ッコ賢さん」を強くイメージさせてくれる所に思える。

陸中松川駅前にある入り口。線路沿いに歩く道、多くのオブジェが見る者を楽しませてくれる。


入り口をくぐってすぐの場所にある案内板。

枕木や、石材の端材等で作られています。



この歩道はかつて、駅と砕石工場を結ぶトロッコ道であった

賢治と砕石工場の関係

そして、グスコープドリの伝記について


施設内にあるオブジェ風発電装置「太陽と風の塔」

 
パンフレットとチケット。施設内では資料映像を視聴する事も出来ます。
 
造りが美しいロビーと、屏風のように飾られた展示スペース。
より多くの情報がありますが、それは是非自分の足で確かめてください。


中央に飾られた肖像が印象的な資料室「双思堂文庫」

 
こちらは東北砕石工場より。
石灰岩の採掘施設と破砕機などが現在も残されています。

賢治と当時の技師や就労者など、人々の姿。
残された写真を元に像として再現したものだったと記憶している。
この中には飛び込みで一緒に写った人もいるという。

賢治が、晩年の活動の拠点としたのが、「東山」であり「東北砕石工場」であった。
現存する賢治の東山時代の名刺には「東北砕石工場技師 宮澤賢治」とある。
実際には、技術的なことだけでなく石灰製品のセールスまでしたのである。
少し前になるが、某テレビのお宝鑑定番組にこの名刺が出品されたことがある。確か20万円程
の値がついたように記憶している。
筆者と雷鳴君、そしてS氏はこの東山、東北砕石工場を訪れた。
現在、この建物は東山町に寄贈され、有形文化財に登録されている。
JR大船渡線・陸中松川駅からトロッコ軌道跡沿いに「石と賢治のミュージアム・太陽と風の家」
があり、軌道跡は工場まで続いている。
我々3人がミュージアムに入館すると、展示物に対し館長の伊藤良治氏から懇切丁寧な解説を
頂いた。 氏の研究は、著書「宮沢賢治と東北砕石工場の人々」に詳しく、また、日本石灰協
会・日本石灰工業組合のwebサイト上の特集「石灰の残した文化遺産」中の「宮沢賢治と炭酸
石灰(全4回)」に素晴らしい内容の論文が掲載されている。一読をお勧めしたい。
賢治が、童話「銀河鉄道の夜」の原稿に、黒インクによる大幅手入れを施したのも、東北砕石工
場と関わりを持った時期以降とされている。
筆者は周辺を散策しながら、工場のトロッコ車輌に、石灰製品と一緒に乗り込むジョバンニとカム
パネルラを想像してしまった。
あらためて、東山時代の賢治の活動ぶり、石灰製品の開発・宣伝・出張セールス、同時に童話、
詩の寄稿、旧作品の改稿、稲作指導を考える時、一個の人間に、これだけの仕事ができるもの
かという驚きと、結果それが、賢治のラストランのきらめきであると思うと、切なくもある。

by Hiroyuki



また、ここにも大きな碑があり、採掘された岩石で包まれるように建てられています。


その6・第5章:補完編。温泉郷と大迫は早池峰へ
へ続く
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