長らく疑問を持っている。
「銀河鉄道の夜」最終形終末部の博士であるカムパネルラの父親の言葉である。
「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから」
川で溺れたと思われる息子の捜索に対して、何故45分で諦めてしまうのか。
45分という時間は何を意味しているのだろうか。
例えば、「もう駄目です。落ちてからだいぶたちましたから」と書けば、諦めの言葉としては自然ではなかろうか。
この「45分」には、賢治が数字に託した何かがあると筆者は感じていた。
この最終形第4次稿まで、この部分は書き加えられておらず、初期系第3次稿では、黒い大きな帽子を被った男が
ジョバンニに対して語った言葉「おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ」が、この「もう駄目です…。」に対応
しているとも思われる。賢治にとっては、天沢退二郎氏が指摘している通り、「手紙四」においても同じように断絶し
ている箇所があり、外せない物なのであろう。
最近、筆者はこの45分は小学校における一時限の授業時間のことではないものかと思いを巡らせている。
賢治の時代はよくわからないが、現在多くの小学校は、一時限45分の授業時間と15分の休憩時間という構成に
なっている。
物語の中で、ジョバンニが川へ向かうカムパネルラの一団と離れて、天気輪の柱の下で身体を投げ出し、いきなり
銀河を旅する汽車に乗り、様々な経験をして地上に舞い戻り、母親の為のミルクをもらい、カムパネルラが川へ落
ちたのを聞き、川へ辿り着くまでが45分間ということになる。
前述の博士の言葉が、ジョバンニとカムパネルラが銀河の旅をした地上での時間を規定している。
銀河への旅でのジョバンニの体験については、天沢退二郎氏による新修全集・後記(解説)の中で安藤元雄氏の
論を引用している。要約すれば、「初期形では、指導者が必要であったジョバンニが、最終形では一人歩きさ
せることのできる詩人に成長している」と論じている。
また、「別冊太陽」 銀河鉄道の夜特集号で、「ジョバンニとカムパネルラ─出会いと別れ」と題した天沢退二郎氏
と、劇作家で、アニメ映画・銀河鉄道の夜の脚本を担当した別役 実氏の対談の中では、やはりジョバンニが銀河
の旅をすること。それが大人になるための成長儀式である。というように論じられている。
筆者も、初期形・第3次稿までの部分と最終形を比較した際、前述各氏の論と同じような思いがした。
晩年、賢治は冒頭部「一、午后の授業」の章を書き加えた時、既に終末部のアイデアを確定していて、「授業」とい
うコンセプトで伏線をはっていたのではなかろうかと筆者には思える。
銀河の旅で、あまりにも冷徹で強烈な体験をしたジョバンニは、その終末部
「……一目散に河原を街の方へ走りました」
その後どうなってしまうのかと思わせる。
腕に抱いたミルクを母親に贈り、父親が戻ってくることを伝えたジョバンニは、自己の持つ深い孤独を解消する事
ができるのであろうか。真の意味での走りつく「彼方」とはどこなのか。
筆者には、ジョバンニにしろ、ザネリにしろ、心の中に重しを抱いたまま成長していく気がしてならない。
前述の別役氏との対談を、天沢退二郎氏は、「ほんとうに誰も安心できない物語ですよね」で結んでいる。
筆者もその通りだと思う。
ジョバンニは、今でも走り続けているのではなかろうか。
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